
最近自分の中にいるガミガミ婆さんが多々表に顔を出す、本気で反省して気をつけなくていかん。
小心者のせいか、根がせっかちなせいか・・・・・・。
さっき読んだ角田光代さんの「いつも旅の中」という本の「うら若き女が野小便したって良いじゃないか」という文章に胸を打たれつつ(?)おおらかな気持ちをもらう。
旅先での出来事、手足のない物乞いの人達の話などが角田さんの目線で言葉で書かれていて・・・・ふとスリランカのキャンディーで見た光景を思い出した、多分ハンセン病の人なのだと思う・・・・私はつわり真っ最中で記憶もとびとびなのだけど・・・・。
キャンディーのダンス小屋でショーを見て外に出た時に首から何やら文字を書いた紙をさげた人が私にグーっとせまって来た、私はつわりでオエーオエーっとなっていたのでとにかく人混みから抜け出したくって「うがががー」と人をきわけその場を去ったが・・・・一瞬目にしたその人腕のが今でも脳みそに焼き付いている。
多分はじめて見た人は大半の人がそうだろうけど、とにかくとまどう。
どういう風に消化すれば良いのかを。
そうしてそんな事をぼんやり思い出している私は一人エアコンの効いた清潔な部屋で紅茶なんかを優雅に飲んでいるのだ、何をガミガミしているのだろうとはっと目が覚める思いがした・・・・と同時に「大丈夫だ」とも思った。
私がガミガミする時はだいたいりんの事が心配になる時、ちゃんとした両親にならなければ・・・・りんをちゃんと育ててあげなくては・・・と思うと、急に視界が狭くなってしまう。
どの親でもきっと自分の子供の幸せを願う気持ちは同じだと思う、だけどその気持ちが親の自己満足になってしまう事が案外多いのかもなとも思う。
勿論しつけは凄く大切、小さい頃にしつけてもらうと大きくなった時に本人が楽だし・・・・だけどその枠の外にある物もとっても大切、それって言葉にはなりにくいけど・・・・・・でもそういう事に目を向けるかどうかは本人が決める事でもあるのかもしれないな。
知らなくても生きていける事が世の中には沢山あるような気がする。
私は今親になってとまどっている、自分が好きなように生きて来て・・・良かったと思う事と自分の子供にはそういう思いはさせたくないと思うような出来事も沢山あった、きっと私の父もそうだったに違いない。
でも好きに生きて来たと思っていても・・・・こうやって今エアコンの効いた清潔な部屋で安全に過ごしているのだ、大丈夫なのだ。
人としてしてはいけない事とした方が良い事とか基本的な事をうまくおさえてあげられれば良いのだろうな、そこさえしっかりとしていればたとえ道に迷ってしまっても、大人になった時にどう生きれば良いかを考え自分で軌道修正する力になるのかもしれない。
それって日々の当たり前の暮らしが大切なんだろうな。
そして日々の積み重ねの中で重くなって来た頃にそれらをリセットするために旅に出るのだ(うそ・・・旅行したいだけ)。











































