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スリランカ日記 紅茶教室
October 10, 2007
日記
夕方風が冷たくなってくるとヒンヤリ心も人恋しくなる、温かいお茶が恋しくなる。
最近気がつたのだけど、二階の寝室で窓を開けて寝ていると・・・・学校のチャイムが聞こえる。 初めて気が付いた時は凄く不気味だったが、翌日の昼間も聞こえたのでそれからはさほど気にしてはいない、多分近所の学校のチャイムの音だろう・・・・。 でも何故か学校のチャイムって聞いていて良い気持ちがしないな〜〜〜、何でだろうか??

あの体育館につながった冷たい廊下とか、薄暗い給食室・・・・・食事を食べるのが遅かった私は最後にいつも食器を一人で給食室まで持って行っていたっけかな〜。あと大きな先生達とか・・・・・思い出すとゾッとドキドキとする、これは多分小学生の頃の記憶だな。


私の通っていた小学校は全校生徒が3千人以上の大きな学校だったので、今思うと子供一人一人に対して細やかな先生の優しさなど届かなくて当たり前の環境だったのかもしれない。

学校に居ながらも冷たい隅っこで机に絵ばっかりを描いていた記憶しかない、確かいつも描いていたのは南の島の絵だったな〜、小さな島に女の子が一人いてヤシの木が一本あって魚が海を泳いでいる・・・・そんな絵。


とにかく勉強は苦手だった、漢字の暗記とか世界地図とか歴史とか・・・・・・・なんで覚えなくてはいけないのかがわからなかった、大人になって料理が好きになって音楽や紅茶が好きになって外国の言葉や文化や・・・歴史や地理が面白いと思うようになったけど、小さな自分の世界だけで生きていたあの頃のチビスケだった私に
そもそも世界の地理なんて必要なかったのだ。
算数だって足し算が出来れば駄菓子屋さんには行けたのだし・・・・漢字だって知らなくたって好きな子とは沢山話せる言葉を私は持っていた・・・・それで世界はじゅうぶんだった。


ただ化学の授業で顕微鏡の向こうにある本物の雪の結晶を見た時にはひどく感動したな〜、「自然の物なのに・・・誰が作ったわけでもないのにこんなにきれいな模様になるなんて!!」と・・・うまく言えないが生きている喜びみたいな物をチビながらに感じた気がする。

人が難しく手を加えてひねり出さなくても世界は美しいのだと思った。


新種の犬も野菜も良いけど・・・・もしかしたらそんな事をしなくても犬も野菜も美しいのかもしれない、美しいのだと思う。

今自分が大人になってみて思うのが、生きているだけで何となくくたびれる事が多い。

何でだろうな〜?
まだまだ自分の芯がしっかりしていないから色々な事に惑わされてしまう自分にくたびれるのかもな〜いかんいかんしっかりと図太く(??)生きていかねば。


ただ日々の心の迷いも疲れも野菜の味・塩の味・お茶の味・粉の味・・・・そいう物をシンプルに美味しいと感じる時の充実感にじんわりと癒される・・・・。



Posted by diary at 06:00 PM