
本人は「ひでーのが出来た!」と言っていたがなかなか美味しかった、パスタの麺が微妙に焦げて香ばしくなっていたのも良かった。
今朝はデコちゃんから電話があって何となく実家に遊びに来てという雰囲気だったので行ってみると・・・・・タミ(実家の婆さん猫)が亡くなっていた、昨夜遅くにお母さんにみとられたらしい・・・・・・。
20年近く生きた猫だったからくいは無いけど最後みっとってあげたかったな、ちょうど父の四十九日が終わった直後だったので・・・父が一緒に連れて行ったのかもなと思う。
ぽっかりと穴の空いたように見える実家のキッチン、タミのエサ置き場にあった器ももうなくさっさと時間が流れている。
生前父が「死んだらあの世には家も車も持って行けないんだよ、持って行けるのは自分の積んだ徳だけ!」といつも言っていた、そしてその通りに父はベンツも船も大きな自分専用の別荘もこの世に残したまま行ってしまった、母も・・・・・「ただ家族が毎日お腹をすかせないように一生懸命がんばっていたら何だかしらないけど会社が大きくなっちゃってね」と言っていた。
家族に・・・兄弟達に・・・・親戚に・・・・会社の社員の家族に・・・・・知り合いの人に・・・・・良くしたいと思って頑張っているうちに自分が良くなっていたらしい。
そしてタミもおこぼれのアジを楽しみにしていた、若いときにはお父さんの天敵だったタミだが老後はすっかり仲良しになっていて・・・・・それでもあのタミがお父さんの後を追うなんて思ってもいなかった・・・・・内心「お父さんがいなくなって最近元気になってきたのではないか??この猫は・・・」と思っていた矢先の出来事でびっくりしている。
実家のキッチンの椅子にすわり一人ボンヤリしていると父が自分が釣って来たアジをタミに焼いてあげながら・・・・「タミも婆さんだから先が短い、好きな物を食べさせてやらんと!!!」と言っていた風景が手に取るように目の前に浮かぶ、あれはほんの2ヶ月ほど前の出来事。
本当に大切な思い出とはその時の空気や音までも心に染みついていてどんなにしても消える事はない物なのだな、と思う。
多分全てが永遠ではない事を言葉では知っていたけど、体では知らなかった数ヶ月前までは。
友達や昔の恋人が亡くなったりした事はあったけど・・・・・家族が自分の生まれ育った場所がくつがえる事など永遠にないと心の何処かで思っていたのかもしれない。
私は家に帰っていたのではなく家族という人間の所に帰っていたんだな〜、だってお父さんとタミのいなくなった実家は以前ほど私の家ではいなように感じるから。
唯一母が私がそこに帰る理由になったと思った。
「固いと思っている地面が案外柔らかかった」と言う言葉がただただ胸に響く。
これから時間が流れて心が立ち直った時、きっとこの数ヶ月の間に感じた事が私の肥しになっているのだと思う。
日々楽しくは暮らしている、今だって昨日だって明日だって・・・・・料理を作りお茶を入れ友達に会ったり旦那と喧嘩したり仲直りしたりしながら、それでも心の芯が癒えるのにはやはり少し時間がかかるらしい。
時間が美味しくするのは食べ物だけではないようだ。
色あせる事なくより色鮮やかに世界を見ていたい。
今月の教室は蓮根入り肉まんとジンジャーティー、日常生活を少しだけ楽しくするそっちの方向へ。











































