
今日の夜はシンハラ語クラスだったけどあまりに不調だったのでプラチャンにお休みをするメールをした、どのような内容にしようか一瞬悩んだけど素直に「気持ちがくたびれている」という内容のメールを書いた、難しい日本語をなるべく使わないように心掛けたけど・・・・日本人でもこういうメンタル面の内容って伝わらない人も多いのに・・・・・伝わるだろうか?と少々心配だったが、解らない言葉があっても自分の中から素直に出てきた物ならばぼんやりとした形で伝わるはず、大切なのは相手には真っ直ぐ向き合う事だと思う、上手くやろうという気持ちは「魔が差す」のと同じ、絶対に良い結果にはならない。
そう思いメールをするとしばらくしてプラチャンから電話がかかった、「マリーちゃんの気持ち解るよ、上手く言えないけどね〜」電話の向こうのプラチャンは言っていた、気持ちが伝わるという事はどんな事よりも嬉しい、生きている事が嬉しいと思える瞬間だ。
近所の魚屋のおばちゃんでもハリウッドスターでも、本当に美しい声を聞きたい。
今日は朝少し遅く起きて家の掃除をして本屋さんに行き本を二冊買って帰った、家の中よりも日当たりの良い神社前の小道はポカポカとして良い気持ちだった、帰り道の大きな木下・・・・真っ黒でツヤツヤしたクロネコが鳩をねらっていた、私がその横をシラーとして歩くと鳩は逃げてしまいクロネコはうらめしそうに私を見上げていたので「あんた残念やったね〜」と言うと今度は木の上に逃げた鳩を見上げ・・・・真剣な目をしていた。
立派な鈴付きの首輪をしたクロネコ。
大きな木はあちらこちらに枝を伸ばしていた、随分長生きをしている様子の木だたので葉っぱに手を伸ばし握手をして帰った。
家に帰ってからは布団に入り買ってきた本を読んでいると少しだけ今の自分の状況を客観的に見れるヒントが書いてあって(偶然だけど・・・私はこういう事が良くある)バックホーンを聞くといつもよりももっと素直に歌詞が入って来た。
多分私は気が付かないうちに周囲の人に迷惑をかけないように間違った方法で自分を抑えてしまうクセがあるらしい、でも結局押さえきれなくてそのしわ寄せが夢に出てきたり・・・・・実生活で色々な物に対する愛情が薄れたりして・・・・変な事になってしまう。
何をもってアートと言うかは知らないが、どんな立派な物も高価な物も・・・・・創り込まれた素晴らしい物もOOOが感じられなければ私にとっては何の意味もないみたい。
今日のお昼ご飯は豚丼と大根の澄し汁だった。











































