
昨夜はマヨちゃんとプラチャンの家に行った、プラチャンの家に行くのに車で細い裏道を走っているとおじさんが犬の散歩をしていた・・・・口の周りが黒い雑種犬で舌をベロリと出しで嬉しそうに走ってした・・・・・。
「あっあの犬笑いよん!」と私が言うとマヨちゃんも「本当ですねー!!犬って笑いますよね〜(笑)」と言い何故かその後二人で大爆笑してしまった・・・・・・・平和な夕暮れ過ぎ。
そのすぐ後に今度は耳も尻尾もダラリとうなだれた犬が一人でトボトボと歩いていた・・・・今にも泣き出しそうな目で、所在無く行き場所がない感じ。
帰り道を忘れてしまったのだろうか??
飼い犬はご主人様が遊んでくれている時が一番嬉しそうに見える。
その後プラチャンの家に着き三人でゴロゴロしながら紅茶やチョコを食べていたら・・・・プラチャンが「私の赤ちゃんの頃の写真見る??」と言って部屋の奥から一枚の白黒写真を出してきた・・・・・写真の中のプラチャンは左上の歯が少しだけ頭を出していて・・・・お父さんに抱かれカメラの方に手を伸ばし大きく笑っていた・・・・あまりに愛しいのその笑顔にドキっとしてしまった・・・・・良く赤ちゃんは天使だとかって聞くけどその意味が少しだけ解るような気がした。
約20年前にスリランカで撮られたその写真、日本の昭和の頃の写真にあるあの独特な空気とは少し違っていたが・・・・・その写真の向こう側には20年前のスリランカの空気がモヤモヤとしているように思えた、写真って写真には写っていない事の方が圧倒的に多くあふれ出して来る。
その事をいつも思い知らされるのは素人が撮った写真の方が私は多い気がする。
家の二階にあるニイナとさっちゃん(ニイナの妹・・・・なので今は私の妹になった)の写真も私は時々一人で眺める、大人になってからさっちゃん達と出合った私は今思ってもしょうがない「ニイナやさっちゃんが子供の頃の家族の様子」を知りたがっていたように思う、そうする事でスムーズに家族になれるような気がしていたのだけど・・・・それは気持ちよりも先に脳みそで「愛しい気持ち」を作り出そうとしているので良い方法ではないと思い止めた、それでも写真は好きなので時々眺める。
どんな人でもいきなり「今日から家族です」と言われて家族にはなれないのが普通だと思う。
本当の家族だって一緒にいる努力をしなくては一緒にいられないくなるから・・・・・これから先私達は努力の形は変わっても努力はするのだろうと思う。
一番恐いのは向こうの家族と別々に暮らしてしてお互いの生活の中にお互いを感じられなく事、面影や気配がなにも無くなってしまい生活がまわり始める事だと思う、忙しくてももう少しだけマメになりたい。
話は飛んだけど・・・・行く事は出来ない20年前のスリランカ・・・・・小さな南の島で撮られた何気ない家族写真を見た後に今日一人でそんな事を思った。
同じアジアの血の匂いだろうか?遠い昔に忘れて来てしまった物がプラチャンの写真にはあるような・・・・・そんな気すらしてしまった。
その後昨夜はプラチャンが作ってくれたスリランカ料理を三人で食べ、風邪気味だったので早めに帰った。
最近寒くなったり暑くなったりで体がなかなかついていかない、昨夜のニイナの夕食は焼肉どんぶりとしし唐とキノコの味噌汁、皮も手作りした茹で餃子(ごま油・塩・ネギで食べた)だった、私は咳が止まらず苦しかったけど風呂上りにニイナに隠れてこっそりアイスクリームを食べたらピタッと止まった・・・・なんでかな??











































