
私はもともと「花より団子」派だったので自分で花を買ったり見たりしない方だったけど、上手く言えないが・・・・私の中で花のある空間は紅茶のある空間に少し似ている所があって・・・・無くても死にはしないが知って関わる事で何かが豊かになるようなそんな感じ物なのかもしれない。
人と繋がったり・・・・支えられたり・・・・それが私はたまたま「美味しい紅茶」だったのかもしれない。
昨日のウフカフェは沢山の人でにぎわっていて・・・・・白くて薄い膜で全てが覆われているような・・・・そんな時間が流れていた。
昨夜は家に帰ってからしばらく車から降りられずに・・・・30分くらいボーケーっとしていた。
その後家に入りソワソワする気持ちと裏腹に疲れきった体と脳みそのバランスの悪さが妙な心地で(車から降りられなかったのもそのせいだと思う)・・・・「これは酒だな」と思い・・・焼酎の一升瓶を持ち出し栓を開けお湯割りを作り飲んだ・・・・・。
フンワリと香る芋の香りが体や頭の隅々まで染み渡り・・・・・気持ちが落ちついたのでそのままお湯割りをチビチビ飲みながら夕飯を作り始めた、昨夜の夕飯はカブの葉とジャコのパスタとトマトと玉葱のサラダ・・・・どちらも味は塩とオリーブオイルだけだったけど美味しく出来た。
その後ニイナが帰って来たので夕飯を食べ風呂上がりにはハーゲンダッツのアイスクリームを食べながらビールをグイグイ飲んみ・・・・昨夜はさっさと二階に上がり布団に入った。
酔っていたせいもあるだろうが・・・・昨夜のあの気持ちはホームシックだったのかもしれない、電気を消した暗い部屋にカーテンの隙間から外灯の光が差し込む・・・目には青色ではないはずなのに頭の中の記憶では・・・・月も外灯も薄い青色になっている。
恐いくらい静に静まり返った空気でいつかの夜を思い出す・・・・眠ろうとするのだが色々な出来事が飛び飛びに頭に浮かんできたり・・・・昼間騒がしい時には気が付かなかった誰かの気持ちが急に心に飛び込んで来て「あ、そういう事なんだ・・・・そんな事に気が付かないなんて私は鈍感だな」と思ったり・・・・切ない感じだった。
そういう時には両親の事は思い出さないようにしている、言葉では言い表せない。
私が大泣きしたのは結婚式の一週間後くらいだった、夕方お店で仕事の残りをしていと「ガタ」っとキッチンのドアが開く音が聞こえたので「ん?」と思い見に行くと泥付きのカブが買い物袋に入れられ置いてあった、すぐに「お父さんだ」・・・と解り慌ててドアを開けるとちょうど石の階段を下る手前だった・・・・大きな声で「お父さん、ありがとな〜」と言うと「ん??おー!いやいや」と言いそのまま帰って行った。
その声と反応の仕方が少し弱々しいような・・・それでいて何処かしら陽気なイタズラボウズのような感じがし・・・・「お父さんは今まで父親として背筋を伸ばしがんばっていたのだな・・・」と思うと急に目と鼻がカーっと熱くなって涙と鼻水が止まらなくなった、私の知っているお父さんはお父さんのほんの一部なのだと思う。
一見楽しい人に見られるお父さんだが、しゃいだり体も心も開放して感情を表に出す事を今までして来なかった人だと思う、それが何なのか良く解らないけど・・・・私にはいつも一人で耐えているように見えていた。
勿論今まで家族が過ごした日々はそれだけではなかっただろうけど・・・・「皆が楽しく笑っている時も・・・夏休みに海へ連れていってくれていた時も本当は一人で何かに耐えていて辛かったのかもしれないな」と思うと・・・・・ただただ涙と鼻水が出るばかりだった・・・・・。
それは一人の人間として愛着が湧くような・・・・外野から「お父さんという人間」を始めて見た・・・・見てしまった・・・・・ような・・・そんな感じ。
年をとらなければ見えて来ない事もあるし、年をとるだけでは見えて来ない事もある・・・のかもしれない。
今夜は土鍋でグラタン。











































