
なので私の遊び相手は頭の中の「小さな南の島」だけになった。
トラの足跡、気の抜けきったように穏やかな夕暮れ時、ハイビスカスの花は道の端っこで頭をもたげている。
そしてやっぱり私の中の頑固ばあさんは28才の私に耳打ちするのだった・・・それはいつか新宿へットパワーで見たアウトローの「トライアングル」という曲の詩のように・・・・。
「変わって行くことの素晴らしさと、変わらずにいる事の美しさの間で僕は空を見上げる・・・・・」しかし今日の空は猛烈嵐の様に荒れ狂っているので見上げると全てがごちゃごちゃにされてしまいそうだ。
南の島では今にも吹き飛ばされてしまいそうになりながら、大きく葉っぱを揺らしているヤシの木に小さな女の子がしがみついて、荒れた高波を不安そうに見つめているみたいだ・・・・ミルクティー色に深く濁った海・・・本当は海の向こう側の事を見つめているのかも・・・・。
恋人が海を渡ったのだろうか・・・?小さな女の子だって恋人はいるのだ、片思いでも・・・。
魚や風は「海の向こうは楽しい世界があるよ」っていつも話していたけど、女の子は島に残り続けるのだった・・。
片思いの恋人が残した「種」が女の子の島にはあったから。
これは「チェリモヤ母体樹」って曲の歌詞の一部の話・・・、私が昔書いた曲の中で一番「南の島要素」が強く出ている曲だと思う。
一見寂しそうに聞こえるが最後女の子は太く本当の意味で幸福になるので良かった良かったって思いながら作った曲だった気がする。
「熟しきっても腐りもせずに蜜を抱いて根をはったあなたは・・・・チェリモヤ・・」
現実のチャリモヤは南国のフルーツの名前で、半分に切るとハートの形をしているのだ・・・味はねっとりと甘く天然のアイスクリームって言われているらしいが・・・私はバナナが苦手なのでそれ系の味だったら怖いと思い未だに未経験・・・。
いつか食べてみたなーって思う。
そして昔の自分の曲を思い出すたびに「これ売れねーはずだよなー(笑)」って思ったりしてしまう。
夕暮れ時、どうしてもどうしても南の島に帰りたくなる時がある。











































