March 07, 2006

日記
最後のシーンで「ここでは食べる事を喜びとしてはいけないのです」って言った、「えー?ウソでしょ?みんなきっ美味しいって心の中では思っているよ」って思った
昨夜テレビでタイの食特集をしていた。
主婦の方が夕食の仕度をしている様子が撮影されていたのだが、サルにココナツをとらせてそれを削ってココナツロングにして水の中で洗い絞って出来たのがココナツクリームでさらにもう一度水の中で洗い絞ったのがココナツミルクらしいのだ、「なるほどー」っと思った、以前から「ココナツクリームとココナツミルクは濃さが違うのだな」っとは思っていたが要するに「一番絞り」と「二番絞り」の違いなのだなと改めて納得した。
和食だと一番ダシ二番ダシみたいなものなのだろう・・・。
しかももう一つ感心したのがサルは熟れたココナツしかとらないらしいのだ・・・・教え込まれたのか野生の勘なのかは解らないけれどどっちにしても賢い。
その後淡々と夕食の仕度は続けられた、生のこぶみかんの葉に生き生きとしたタイの生姜・・・・などなど日本ではなかなかお目にかかれない物ばかりで「はーそれは美味しいはずやわなー」っと思わずテレビに向かって話しかけてしまった・・。
撮影されていたのはきっとタイでも田舎の方だったと思うが、そこに暮らす人達は生きるために生きている感じがして昔らか私がぼんやりと思い描いている生活に近いニオイがした。
いつだったか友達がお茶の発祥地でもある雲南省に行った時の話しを思い出した、その子は運良く地元の方の家で夕食をご馳走になる機会があったらしくそれはそれは目をランランと輝かせその話を私にしたのだった・・・・。
「とにかく何でも美味しいのよ、ほとんどが野菜料理で味付けも凄くシンプルなんだけどね、全てが新鮮で!!本当に感動したわー!いつか一緒に行こうね!」
そして青空トイレの話など・・・・・・・・・全てが日本とは違う事にかなりのカルチャーショックをうけつつもその子は生き生きとした口調だった。
その子は離婚してから初めてアジア旅行に行ったらしく、「こんな世界があったんだねー!私沢山働いてもっともっと色々な物が見たい!!」とも言っていた。
何をもって幸福かは今の時代不透明だけれど・・・・その子は生きる事に生きる喜びに満ちあふれていたのを今でも鮮烈に憶えている。
最近気が付いたのだが私には「一人の時に歯を食いしばり体が固くなっている」癖みたいな物があるのだ、息も止めている事さえあって・・・・自分で「変なのー」って思った、きっと何かを真剣に思いつめているのだろうがそういう時って全然ステキな考えなんて思いつかないし、何より楽しくないので意識して止めてみようって思う。
私が行った事もない私の頭の中にだけある遠い南の島に惹かれる一つの理由に「何かを諦めた底抜けに乾いた自由さ」を感じるからだと思う。
歯を食いしばっている間にも人生は過ぎていっているのだ、早く「何かを諦めて」自由に近づきたいものだ。
それはきっと自分の中にある物だって思う。
Posted by diary at 06:32 PM











































