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スリランカ日記 紅茶教室
February 28, 2006
日記
疑わしき日々・清々しき日々・・・・
今日で二月も終わりだ。 昨買った月桂樹の木とサマースノウの木をおじちゃんにお願いして植えてもらった、サマースノウはツルが伸びて白く可愛い花をつける植物で、お店の階段をあがった所に植え大きく伸びたらアーチにする予定だ。 「まりちゃんこの木は何処に植えるかえ?所でこの木は何の木??」「これはサマースノウで、大きくなったらアーチを作るんやー」おじちゃんは一瞬目を丸くしたがすぐにいつもの豪快な笑顔で「へーしゃれちょんなー!!でもこんな小さい木が大きなアーチになる頃にはわしらはもうおらんくなっちょんかもしれんなー!わははー」っと言った・・・。 私はすぐに「そんな事ねーわー、すぐに大きくなるんで!この木は!」と言ったが胸がチクっと苦しかった。 私は昔から「おじちゃん」と呼んでいるから今でも私にとってはおじちゃんだが確かに世間一般では「おじいさん」に近い年なのかもしれない・・・・。 父もそうだ・・・・最近父は庭に小さな木を沢山植えている、よくよく考えればその木が大きくりっぱになる頃にその木に出来る実で喜ぶのは父ではなく私や、もしその頃に私が母親になっていれば私の子供達なのだろう。 そう思うと涙が止まらなくなってきた・・・・鼻水も・・・。

私は人と話すのが得意ではない、変に緊張してしまい的を得た回答が出来なくなってしまう事が怖いのだ。
おじちゃんと話す時ですら見えない所で手をギュっと握りしめている事に最近自分で気が付いた・・・・・。
そしてなんでこうなったのかも自分ではだいたい解っている、解ってない所もあるが。


一つは人と話す時に何が言いたいかよりも何を言うべきかを考える・・・・それって良い事でもあるのだがちょっと間違えると急激に言葉は色をなくしてしまう。

この前さっちゃんに誕生日プレゼントを持って行った時にさっちゃんは包み紙の中のハンカチをチラリと見てポイと隅っこにおいやったのだ、清々しかった。
変だと思う人もいるかもしれないが本当に清々しかった、さっちゃんにとっては興味のない物だったので喜ぶ必要ないのだ、私もつい最近までは興味のない物には一切反応をしなかった、例えば知り合いのおばさんが何かを送って来ても明らかに私の事を思ってではなく私の両親の手前・・・みたいな物とか。
それってその物を見ればすぐに解る。
私とって興味のあるもらい物は私の事を本当の意味で思ってくれた末にその気持ちが形になったと思われる物だ。

例えば父の植える木とか・・・・・。

さっちゃんの興味がある物と私の興味がある物は少し違うが、「これは私は欲しくないー」って思う気持ちの強さみたいな物に密かに共感したのだった。


Posted by diary at 05:14 PM